
さあ 私のこの大きな翼にお乗り
共に行こう 彼方の地へ
2012
紙にインク
10.9×21cm
プレカンブリア紀に生まれ、シルル紀の青を描く
坂上が書いた自叙伝には、「5億9000万年前プレカンブリア紀の海に生を受け」た、と記されている。その後大気が形成されたシルル紀時代の空と海の色が未だ鮮明に脳裏に残っていて、その記憶の青を描いているという。
坂上の作品は1993年に世田谷美術館で開催された「パラレル・ヴィジョン」展(1993年)で広く知られるようになった。同展はアウトサイダーアートやアールブリュットの作家の作品と近現代美術作品との関係を考察した大規模な展覧会で、坂上がその後長くアウトサイダーアートの作家だと認識されるきっかけになったが、勿論簡単にレッテルを貼って分類できる種類の作品ではない。ただ、近代美術史や絵画論も含めていかなるアカデミックなドグマからも自由であり、その魅力があらゆる人間に開かれていることだけは確かである。
多くの作品は紙に色鉛筆や水彩、顔料などで描かれ、青色を基調に、極細の線が無数に絡み合い有機的なかたちを作っている。バクテリアや微生物等の集合体にも見える。それら重なり、繰り返し描かれる不思議な曲線や、太古の楔形文字のような無数のかたちがひとつの宇宙を形成している。90年代半ばより、水彩、鉱物顔料、色鉛筆等を使った余白がないオールオーバーな絵が多くなる。余白を面で塗っているように見える作品も、目を近づけると点描でひとつの色面を作っている。より複雑な構成になり表面に水晶などの鉱物の粉末を使うようにもなる。それらの作品は奥行きが無限にあるような高い密度を持ち、一度見入ったら目を離すことができなくなる。その後、インクの青単色でアルシュ紙に描くドローイングのシリーズを始める。イタリアで発見された奇書「ヴォイニッチ手稿」にインスパイアされた《博物誌》(2011年)、「ケルズの書」を参照した《鳥の写本》(2012年)を続けて発表。前者は鳥類、昆虫、幻獣、神獣などが半ば抽象的に描かれ架空の言語による注釈が添えてある。後者は、鳥類についてのさまざまな神話や逸話を綴ったもの。晩年に発表された、「陽性転移:中国趣味(シノワズリ)」(2016年)という作品群は、雁皮紙に水彩で描かれ、坂上が書いた短編と関連している。それは中国の古都長安が舞台で、ひとりの宦官を巡るいくつかの物語である。
(K.I.)