our face

他者や世界を「自分のことのように」感じること

私は人の存在に興味がある。自分と自分以外のあらゆる人の存在に。本当に自分は世界に存在しているのか、そして世界は存在しているのか…。
幼い頃から持ち続けてきた問いの中で、私は今も写真を続けている。
日本では1995年に大震災(*1)と毒ガステロ(*2)があった。その時私はすぐ近くで起きているはずのたくさんの人が出会っている不幸や巨大な暴力をまるで想像できない、自分の想像力のなさに打ちのめされた。どうしたら世界を「自分のことのように」想像できるのか。
日々感じる虚無感の中で、私は強硬手段に出ることにした。様々な他者に実際に会いに行き、撮影した肖像を1枚の印画紙に微小の露光を重ね、ひとつのイメージにしてしまうのだ。たくさんの人の重なりとなった群像写真である。2000年代に入り多くのアーティストがコンピュータ上でレイヤー機能を用いた手法で作品を制作しているが、私は1枚の銀塩の印画紙に数十回の微小の露光を繰り返すことで人の存在を集積化させる。暗室でのプリントワークは繊細で失敗が許されない。さながら手工芸品の制作のようである。そしてできあがったイメージをひたすら水平に連ねてゆくプロジェクトである。この水平線の連なりには、様々な人の存在が大小も優劣もなく連なり続ける。1999年から始めたこのプロジェクトは、現在はアジア各地を訪ねている。やがてはアメリカ、ヨーロッパ、アフリカへと続く。この作品群はやがて、この地上のあらゆる人が関わりを感じるイメージの集合体になってゆくだろう。
21世紀に入って写真は一定の役割を終えた感がある。今後写真の価値はなくなっていくのだろうか。私は写真が本質的に持っている、見る人が(たとえそれが他者の世界であっても)まるで世界を自分のことのように感じてしまう力に興味を持って写真をやってきた。例えば、遥か昔の写真や、見ず知らずの子供の写真を見たときに、私たちには、まるで「自分のことのように」その写真の世界を感じてしまう感性が直ちに立ち上がる。この〈z自分のこととして的〉な世界への共感のことを私は「内発的共感」と呼んでいる。もしも人類にこうした他者や世界への内発的な共感の力が少しでもあるとしたら、写真の存在価値も、共生への希望と共にあるのではないかと思う。

2010年 北野 謙

*1
1995年1月17日午前5時46分、淡路島北淡町野島断層を震源とするマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災。1923年の関東大震災以来の甚大な被害をもたらした。
*2
1995年3月20日、神経ガスのサリンが、東京都地下鉄の複数箇所において散布され、死者12名、6000人以上が重軽傷を負った、世界発の化学テロ事件。


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