児玉靖枝

不可知な存在の陰影や奥行きとの交感

児玉靖枝は、80年代静物画を描くことから出発し、90年代には白い背景のなかに大きい身振りで描かれる鮮やかな色のストロークが印象的な抽象画を描くようになった。それはただ目に見えるものではないものを絵画体験のなかで探っていきたいということや、目の前にリアルに存在するキャンバスと油絵の具自体が魅力的な素材であったということが動機だったと言う。

この抽象画のシリーズをほぼ10年間続けた後、児玉は自分が絵画とだけ関わるのではなく、自分と世界がどう関わっているのか、人間が世界や社会と関わる視点を取り入れたいと思うようになる。そして、目に写るものをモチーフに具象的な方向へ再び舵を切っていった。単に目の前にあるものを写しとる写実ではなく、どうやって自分がこの世界と出会ったか、その原初の感覚をとらえて画布の上に立ち上がらせるということがより重要になった。

この時期から、見上げた空を背景にした木の枝や桜、緑の藻に覆われた池のなかをさまざまな深さで自由に泳ぐ金魚などをモチーフにするようになる。そして、2009年、児玉は《深韻》と題したシリーズを始める。「深韻」というのは友人の歌人が児玉の絵画を前にして作った造語で、「不可知な存在の陰翳や奥行きとの交感」を意味する。児玉が日常で遭遇した非日常的光景に触発された絵画が多くなっていく。意識がそれと認識する以前に出会う自然の中の奥行きを伴う陰翳や微細な表情を掬いとることをここで試みている。独特の技法によってレイヤーとして重ねられる絵の具の層がそれぞれ韻を踏みながらも、全体としてひとつの絵画世界を現している。

《深韻-水の系譜》の一連の作品は、2012年ハーネミューレ紙に木炭による描写、木炭とグアッシュで描かれた水彩画から始まり、油彩画として徐々に展開されていった。雑木林の中にいるとき、瞬時にして周りを霧で覆われてしまったときの体験や、真冬の早朝、池の水面が明け方の一漣の形を留めて凍っていたり、降り積もった雪が霙状になった池の表面に反射する周囲の風景を目撃したときのことなど、その瞬間の出会いを絵画的体験として再提示していく。それぞれの作品には「霙」「薄氷」「霧雨」という副題が与えられ、さまざまにかたちを変える水の存在が重要な主題になっていることがわかる。

児玉の絵画はいくつもの層を重ねながら独自の手法で制作されており、最初の層に画面の手前に発散する暖色と画面の奥に沈む寒暗色を施したのち、具体的な情景を描くことから始める。そのカンヴァスを床に寝かせてメディウムで薄めた絵の具を全体的にかけて全面を覆ってしまう。そしてまたその上から部分部分を描き加えたり、下の層の色を改めて露出させたりという複雑な工程を何度も繰り返すという。

《深韻-水の系譜》シリーズでは空間を覆う霧の質感に寄り添うようにパールの顔料を加えている。最後の仕上がりは、季節による温度の差で影響される絵の具の乾き具合や、絵の具の比重の違い、カンヴァス表面の微妙なたるみ具合などで最終的に定着する画面の有様は変わっていく。このように油絵の具固有の性質がもたらす半偶発的現象も伴いながら一枚の絵が誕生する。完成した一枚の絵を前に出発点となった自然のなかで自身が体験した非日常的感覚を呼び覚まそうとしたときに、児玉は既にそれが絵画的体験から来るのか自然界での体験から来るのか、もはやわからなくなると言う。児玉作品は物理的な絵の具の特性が導きだす現象と、画家が紡ぎだそうとしている絵画的現実の狭間に立ち現れる。

「自然に対する人の在り様は、御そうとする行為と現象にゆだねる感覚につながり、可視的な水の在り様と不可視な存在の感受は、物質とイメージの間にある、私にとって絵画そのものと結びついている」児玉はそう語っている。

(K.I.)


Exhibitions
YAKO_TB09_resize1

「深韻 2011-わたつみ-」
2011年6月11日-7月17日

kodamass

「深韻-水の系譜-」
2014年1月11日-2月2日

kodama_dm2

「深韻-白-」
2016年5月21日-6月26日

kodama

「Asyl」
2018年4月28日-5月27日


Works

Writings
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