北山善夫

「唯一の私を、私の作品で可能にしたいと願う」

(北山善夫『国立国際美術館月報134』)

 

こどもの絵

北山は染色工場に勤めながら独学で絵画を描き始め、次第に竹や和紙などの簡素な素材を用いて大きいスケールの彫刻を作り始める。その出発点には子供の時から夢中に描いていた絵がある。大人になっても絵を描いていたある日子供の絵を見て気づいたという。

「・・・生き生きとし、何ものにもとらわれることのない自由な世界が描かれていて、人と絵がしっかり繋がっているのだ。それまでの私の作品は死んでいると思った。私は線を画面に描いてみた。いやらしい線だった。人の視線を意識する線だ。子供のような線は描けないと諭り、絵画の断念をするのである。」(北山善夫、「おもろいこと、やろやないか 第三回 - 絵を描くとこと」)それで、竹と和紙の立体作品を79年よりはじめた。素材は自由で生き生きしている、そのことを完成時まで、子供の絵のように保持しようとしたという。立体作品はデッサンなど一切せずに、素材の形の推移を主体にし、そのかたちに従うことにした。北山はその後90年代にかけて竹や木、和紙のような素朴な素材をつかい大きいスケールの彫刻を作る作家として知られるようになった。

絵画を再開したのは82年である。しかし、北山はそのときいままでやってきた絵画を否定していくしかなかった。そのまま3年間自分なりの絵画を模索していった過程で、当時の美術業界の絵画表現は美術の枠内だけで特殊化し、社会との接点を失い主題を喪失していると感じるようになる。

 

偶像図と宇宙図

偶像図と宇宙図。北山は絵画を再開してから、このふたつのシリーズに取り組んできた。前者は粘土で制作した人形を紙にインクで描き写していく。一体の人形を描き終えたらつぶし、また新たな人形を制作して絵画空間のなかに落とし込んでいくという工程だ。人間が偶像化された絵に、生と死、歴史や戦争などの主題が込められる。絵の背景は完全に無の空間、白紙だ。一方、宇宙図は、一種自動記述的に画面全体に、「宇宙」が描かれる。いずれも、均一の線が引ける製図用具、ロットリングを用いインクで描かれる。北山は、西洋から輸入された一点透視図法や遠近法による空間構成を拒否し、東洋の山水画に見られる他視点の、より概念的な空間構成に自身の作品の進む方向を見いだした。

「・・・宇宙図は人間の誕生の場であり、死んで土に、宇宙に還る場所でもある。宇宙の中に人間は住み、地球という星の上で生の営みをしている。・・・人の営みである歴史をその土(油土)でかたちづくり、社会の中の誕生から死に至る歴史を主題に絵を描いている。」(前掲書)

その中核には、少年のとき、死と隣り合わせの闘病生活をしていた経験がある。

絵画の構成要素としては、偶像図が「図」を扱うのに対して宇宙図は「地」を扱うという。絵画の画面構成における二つの要素を別々のシリーズで描き分けてきた。長年この二つは交わらず、偶像図の背景は空白のままであったが、10年かけて取り組んだ《歴史は死者が作った》が完成したとき、無数の死者を描いた背景が、その死者自身によって埋め尽くされるようになり、図は地と融合する。一方宇宙図と題名がつけられた連作は、当初具象的な惑星などが描かれていたが、次第に抽象的になり、《事件》(2017年完成)において次の段階に到達する。

 

「事件」

《事件》において北山は、直径数ミリの丸を約2×4mの和紙に、端から端まで描いていくという行為を延べ10年に渡って繰り返した。完成したとき、それは紙の隅々まで極小の丸で埋められ、全体を眺めるといくつも重なった地層のような様相を呈した作品にできあがった。北山作品のひとつの頂点である。北山はこの作品は抽象画ではなく具象画であるという。なぜならば、このひとつひとつの丸は具体的な原子であり分子であり我々の身体の細胞であるから。その丸の一つに一つの宇宙がきっちり存在する。それが集まって我々の身体やこの世界を構成している。ミクロの世界はマクロであり、逆も真である。すべての丸は虚無であると同時に宇宙でありすべての生命は繋がっている。自分の命は果てしない人類の生命連鎖の大河の果てに誕生している。そのように北山は語る。

北山のアトリエは、人里はなれた亀岡の山中、崖の上に建っている。そこで自身の「宇宙」と人類の歴史を見据えながら日々粛々と和紙にロットリングで広大な物語を描いている。アトリエはみごとな石垣で囲まれている。北山が作った石垣だ。北山はアトリエの建物の前に、毎日すこしずつ石を積んでいる。何十年を経て立派な石垣が姿を現した。毎日点を打つように描かれていく作品の進行と積み上げられていく石垣は、無数の生命が誕生し進化の幹を形成していくように完全に同調している。その石ひとつひとつが、北山善夫が打つインクの点ひとつひとつが、いつしか広大な銀河系を形成する。そのなかに浮かんでは消える我々のつかの間の存在。その無常観と生命の連鎖を、北山は描き続けている。

(K.I.)


Exhibitions

「図像説 (歴史)」
2007年12月4日-12月22日

「新作展」
2010年1月23日-2月20日

「初期絵画展」
2010年2月27日-3月27日

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「生きること 死ぬることの図」
2012年3月17日-4月15日

「宇宙図」
2014年10月18日-11月16日

「事件」
2019年5月18日-6月23日

「歴史=理性・感情」
2023年9月17日-10月9日/2023年10月28日-11月19日


Works

Further readings
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