北野謙

視覚を超えた光景-溶游する都市

北野の作品のほとんどは、人間の視覚を超えたところに現れるヴィジョンである。それは人間と宇宙を巡る時空を超えた物語である。

1989年、平成が始まった年に始めたシリーズ《溶游する都市》は、写真評論家の福島辰夫が命名した。バブル期からその終焉にかけての90年半ばまでに撮影された作品である。主に東京の路上にカメラを据え、スローシャッターで都市風景を切り取った。長時間露光の効果で、行き交う人の群が、雲のように融合しひとつの塊となって移動する光景が捉えられる。まだバブル経済の勢いがある頃で、写真に都市のエネルギーを感じることができる。

「最初に撮った写真は、都心のラッシュアワーの人混みでした。35mmフィルムに数秒間の露光で定着された、輪郭の完全に消えた人混みと都会の無機的な人工物に、一つの自分の状況論が明確に写っている様に感じました。その人混みの流れの粒子が、フィルムの銀の粒子とほとんど等価になっている印画の中で、自分の姿をそのなかの一粒に見たとき、なぜか、とても自由な気持ちになれました。」1

北野はそのなかに、粒子のように見える人間ひとりひとりの存在の確かさと、それを包含する世界の大きい時間の流れを感じたという。ひとりの存在と他人、そして世界全体との関係性は、次の《our face》でさらに掘り下げられることになるが、その作品に取り組むきっかけとして95年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件があった。また、メキシコに旅をし、ディエゴ・リベラ等による、ありとあらゆる階層の群衆を描いた巨大な壁画に出会った影響も大きい。

 

未来の他者を想う-our face

「・・・そのとき私はすぐ近くで起きているはずのたくさんの人が出会っている不幸や巨大な暴力をまるで想像できない、自分の想像力のなさに打ちのめされた。どうしたら世界を「自分のことのように」想像できるのか。」2

震災とオウムによるサリン事件を経て、一種虚無感を感じはじめた北野は数年間写真が撮れなくなる。その状況の中、カメラを片手に人に会いにでかけ、様々な人の肖像を撮り始める。そして本能的に、それらの像を暗室で次々と一枚の印画紙上に重ねて焼いていった。それでできあがったのが、《our face》のシリーズである。最終的にアジア諸国を回って撮影した人々の重なった133点の作品の成果は『our face: Asia』(青幻舎)にまとめられ北野作品の代名詞になった。さまざまな人種、職種、年代等で集まったグループごと数十名を撮影して、それらの肖像を重ねて焼く、するとそこにその集団を代表するひとつの顔が浮かび上がる。《our face》のfaceが単数なのはそういう理由がある。暗室作業で現像液のなかではじめてこのひとつの顔の像がうかびあがったとき、北野は戦慄するとともに美しさに魅了され、しかもそこに自分自身を見たという。自分は他者と切り離すことができない、他者は自己の謂であり、その逆も真であった。

 

天空の啓示-one day, day light, watching the moon, Gathering Light

北野は、《our face》で示した人間の存在と全体との関係を、その後《one day》から《光を集める/Gathering Light》に繋がる長期間露光で地球と宇宙をとらえるシリーズで補強し敷衍していく。《one day》は様々な都市や歴史的に重要な場所に据えたカメラを一日中シャッターを開放して長時間露光したものである。《光を集める/Gathering light》は、全国数十カ所に設置したカメラのシャッターを半年間開放して、毎日の太陽の動きをフィルムに焼き付けたシリーズ。前者では一日の時間が、ある風景とともに一枚のフィルムに焼き付けられ、後者では、半年間の毎日の太陽の光跡が、無数の光の筋として天空を覆う世界が映し出される。いずれも人間の存在を包み込む宇宙の所作を天空に示す、人間の知覚能力を遙か超えたところで出現する啓示的な光景である。それを北野はアナログのカメラひとつで描いて見せる。関連のシリーズに、アメリカ西海岸で撮影した《day light》と《watching the moon》がある。

《溶游する都市》と《our face》に描かれる、個が集まってより大きい存在に繋がっていく光景と、それを包み込む時空連続体の宇宙を見せる《one day》、《光を集める/Gatherling Light》等を連続した仕事として見るとき、北野が言う「もしも未来の他者を〈自分のことのように〉想像することができたら、100年後の課題はいまの課題であり、1000年後に存在する人は親しい友人である。」3というヴィジョンが力強く立ち上がってくる。

(K.I.)

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1. 北野謙、I.C.A.C.ウェストンギャラリー個展に寄せた文章より、1994年
2. 北野謙、《our face》アーティストステートメント、2010年
3. 北野謙「重ねること、連ねること」『our face: Asia』、青幻舎、2013年


Exhibitions

「one day」
2009年7月11日-8月8日

「溶游する都市」
2010年3月5日-21日

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「our face project: Asia」
2011年11月26日-2012年1月29日

our face: Asia

「『our face: Asia』出版記念展」
2013年8月3日-25日

KEKI_DL13s

「いま、ここ、彼方」
2014年7月5日-8月10日

「光を集めるプロジェクト」
2017年11月25日-12月24日

「未来の他者/密やかなる腕」
2021年8月17日-8月31日


Works

Further readings

北野謙「重ねること、連ねること」『our face: Asia』青幻舎、2013年

日高優「〈ヘテロトピア/存在のための場所=写真〉に向かって」『our face: Asia』青幻舎、2013年

石田克哉「Kitano Ken」『Review of Japanese Culture and Society』University of Hawai’i Press、2021年、136–139頁

 

 


Publication

『未来の他者』
判型|290×200mm
頁数|68頁、図版18点
テキスト|北野謙
言語|日本語、英語
編集・造本設計|町口覚
デザイン|浅田農 (マッチアンドカンパニー)
発売元|bookshop M

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『our face: Asia』 [オリジナルプリント付限定版]
限定100部
プリント:《our face, 宮川町「京おどり」で舞う芸妓さん、舞妓さん30人を重ねた肖像》 (署名とエディション、制作年入りゼラチン・シルバー・プリント、8×10インチサイズ)

サイズ|290×220×38mm
頁数|304頁 図版133点
製本|ハードカバー
アートディレクション |町口覚 (match and Company, inc.)
編集|本尾久子 (eyesencia)
テキスト|日高優、北野謙
言語|日本語、英語、中国語
出版|青幻舎
出版年|2013

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