原久路
Hisaji Hara

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バルテュス絵画の考察

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Ko-e magazine Sep-Oct 2010, “The Fog of Time” An interview with Hara Hisaji

作品から、日本の昭和の雰囲気が色濃く感じられます。あなたにとっての昭和の魅力とはどういうものですか?
写真に登場する建築は大正時代に建てられた個人経営の診療所で、昭和40年代(1960年代)まで実際に使われていました。私にとって、この建築との出会いが今回のシリーズを実現する直接のきっかけになっています。今回のシリーズに昭和の香りが漂っているとしたら、それは建築の雰囲気によるところが大きいでしょう。
もちろん昭和39年生まれの私にとって、昭和は大きな意味を持っていると思います。私の人格形成に昭和の価値観が少なからず影響しているでしょうから。ただ、写真を使って表現する作家としての私にとって、昭和はほぼそのまま20世紀を意味します。19世紀に登場した写真がその存在意義を決定づけたのは、まさに20世紀の100年間を通してであり、その時期はほぼ昭和と重なっているからです。私は、21世紀の現在に立って新しい写真の表現を探るにあたっては、20世紀を批評的に振り返って考察することが不可欠だと思っています。

作品ではイノセンスとエロティシズムが絶妙のバランスで表現されていると思います。この二つの概念についてどのようにお考えですか?
果たして「イノセンス」と「エロティシズム」は対立する概念でしょうか? これらを対立概念として位置づけたのは、もしかしたら20世紀の写真表現だったのではないか、と私は疑っています。私が今回モチーフに選んだバルテュスの原画には少女の肢体がたくさん登場しますが、それらはエロティシズムと同時に、初期イタリア・ルネサンスの宗教画に近い静謐 (せいひつ) さを漂わせています。バルテュスがあえて少女のあらわな肢体を描いたのは、20世紀の偏狭なエロティシズムに対する彼ならではの挑発だったのかもしれません。ですから、私が今回の写真作品で「イノセンス」と「エロティシズム」を同時共存させることは、20世紀的な価値観を客体化する上でたいへん重要なことでした。

アート・ディレクション、機材の組み立て、写真の現像といった、ワークフローについてお聞かせください。
数千年から数万年ともいわれる絵画の歴史に対して、写真の歴史はわずか200年足らずです。しかし、それは感光材料の発明の歴史を写真の歴史と同一視するから短いのであって、世界を見る眼差しから生み出される表現という意味では、写真は絵画の長い歴史に含まれてもよいと私は考えています。
今回の作品ではまず絵画における空気遠近法を再現するために、人工的に霧を発生させるスモークマシンを使用しています。コンサートホールなどで使用される大型のスモークマシンです。バルテュスの絵画に描かれた室内はフラットな照明でありながら人物と背景がふさわしい前後関係を作り上げています。この遠近感を写真でコントロールするためには、スモークで適切に背景を霞ませる必要がありました。
また、絵画における透視図法(パースペクティブ)は、写真のレンズの光学的なパースペクティブとは異なります。今回の作品の撮影では、レンズが正確に描き出すパースペクティブを意図的に破綻させるために、さまざまな多重露光を行っています。レンズとカメラを覆う巨大なマットボックスを作り、その前面に画面の一部を隠すマスクを取り付けて、多重露光を行うのです。ピントの位置を変えながら多重露光を行うことによって、光学的なパースペクティブが破壊されて魅力的な空間が生まれます。
また、多重露光を行うことにはもうひとつ別の利点があります。多重露光で画面を合成することで、厳選した一人のモデルに二人以上の人物を演じさせられるのです。画家がお気に入りの一人のモデルを使って複数の人物を描き分けたようにです。

あなたは時々、ご自身の作品に登場されていますが、それはなぜですか?
今回のシリーズでは1点のみ、私自身が登場しています。その作品はバルテュスの原画がそもそもバルテュスの自画像だったのです。20世紀的な定義に従えば、写真におけるセルフポートレイトと絵画における自画像は大きく異なっています。では、デジタル技術によって証明写真が偽造されうる現在でも、20世紀的な定義を踏襲する意味はあるでしょうか。この点は大いに検討する余地があると私は思っています。もちろんこれはセルフポートレイトに限った話ではなく、写真表現全般に言えることですけれども。

あなたが尊敬する写真家を教えてください。またその理由は?
写真家ではありませんが、ロシアの映画監督、アンドレイ・タルコフスキーは大変優れた芸術家であると思います。タルコフスキーは、20世紀の多くの映画作品が共有していた映像言語を使わずに、独自の映像言語を作り上げた監督だと思います。そのため、彼の映画作品は決して古びることがないのです。